山形ヤタイ

1 山形ヤタイ誕生までのプロセス

学部3年生のとき「持続可能な直売所の設計」の課題が出された。そのなかでパレットなどの大学の備品を使用して構成する仮設テントの提案を友人が行なっていた。その提案は仮想の演習課題ということもあり、実現することはなかった。ただその提案がずっと頭の片隅に残っていた。それが忘れられず、SNSを活用してまちづくりの装置として可能性があるのではないかと発信をはじめた。その投稿は話題を集め、事業化できるのではないかと確信を持ちはじめた。結果、その友人を交えシェアヤタイサービス「山形ヤタイ」の企画・設計・運営をデザインユニットOF THE BOXとして行うようになった。

2 レスイズモアで拡がる

まちづくりの最初のきっかけをつくる運営ツールとして山形ヤタイは計画された。設計のテーマは「低コストと簡易性」。必要最低限の機能と簡易性から生まれる豊かさを追求した。低コストであることで導入のリスクを抑えることができ、初期投資の回収をすぐに行える。簡易性は建築デザイン流通を意味する。建築デザインでは一般の流通では解決できない流れが存在している。それは専門性の範囲内での再現性しかなく、専門性がないと参画できない現状にある。セルフビルドの潮流の中、その現状をドラスティックに変えてしまおうというのが山形ヤタイのテーマである。ホームセンターで手に入るいわゆるDIY商品で構成し、設計することで誰でも気軽に制作を行うことができる。選べる部材や素材が限定されたことで、アイディアと部材を何度も組み合わせ試行錯誤した。結果、建築流通を身近に近づけたのだ。日本のホームセンターは平成28年時点で全国に4700店舗)を超える数が存在している。よってホームセンターで部材を揃えることができるヤタイは地域や土地などの場所性に関係なく全国で製作できる為、作りやすく、拡散性を待つ。それは最小限の部材選択へと結びついてしまうが、同時に最小限であることで多くの人へ届けることが可能になった。

3 プロセス「共有の記憶」という資本

山形ヤタイを市民参加型のワークショップとして全国で展開を進めている。きっかけは南池袋公園とグリーン大通りで開催されるnest marcheと呼ばれるマルシェイベントである。デザインの統一感、さらに市民参加型で行えるDIYワークショップ性を期待され開催をした。ワークショップの内容は墨出しといわれる寸法を測る作業とドリルでの穴あけのみである。だが、生まれたのはヤタイだけではなく、新しい関係であった。個人が前提になりつつある社会においてワークショップで生まれる関係、そしてワークショップで提供されるノウハウなどが社会関係資本としての可能性である。建築をつくるプロセスの中で生まれるこの現象も、これから建築に求められる要素なのではないかと思う。作り上げるプロセスでの介入可能な余白が「共有の記憶」を生むのだ。

4 ひらけたOSのような建築

ワークショップを展開していく中で、建築のオープンリソース化の可能性を感じはじめた。「建築」は土着し、存在自体が社会に大きな影響を与えていくものだと疑わず信じていた。自分たち学生にとっては、いわゆる建築をつくる機会がほとんど無いように思えた。しかしヤタイの仮設的システムを共有することで社会へのインパクトを与えられる気がした。まちづくりの運用システムとヤタイの図面の提供でより社会に伝搬する大きなブームを巻き起こすことが建築でできる最初のアクションだった。不都合があっても、とりあえず使ってみようと精神がヤタイの仮設性にはある。ヤタイワークショップ開催地域ではシステムを真似して新しいヤタイが生まれている。仮設的ヤタイのオープンリソースは常にフィードバックが可能である。だからこそ、バグを瞬時に修正できる強さがある。まちづくりにおいて瞬発力を発揮できることが強さになると分かった。オープンライセンスの仕組みとして法学者ローレンス・レッシグが考案した自由に使って改良したものは「必ず戻す」ことを義務付けた点。これは作って終わりではなく、使い方を考えていく時代への転換が分かる。瞬発性と共有知を蓄積できる新しい可能性が捉えることができた。一方、オープンリソースはある程度のリテラシーを学んだ上で関与しなければ運用できないという結論が出た。ヤタイに置き換えるならば「日曜大工ができて、一定の知識がある人」である。すべての人に専門性が必要なのではなく、ワークショップの参加者にバランスよくリテラシーの高い人が必要になる。

5 自己増殖する建築

こうして作られていく新しい建築は、従来の伽藍のような立派なものではないのかもしれない。完成までの即興性があるからこそ自己増殖が始められる。2016年にプリツカー賞を受賞したアレハンドロ・アラヴェナが建築のオープンリソース化を行なっている。「社会性のある建築」と掲げているように4つのプロジェクトの設計図を公開した。ここでアラヴェナは「デザインは公共知財になる。」と提唱している。社会問題を解決するには大掛かりな計画ではなく、手の届く建築を展開することが大切になっていくのかもしれない。

6 山形ヤタイによって立ち現れる風景

ヤタイを使用した空間は「統一性/個性」が合成される、多少雑多ではあるが滲み出る空間だ。プロトタイプのニュートラルなフレームから作り出される風景は統一感のある空間を生み出すことができる。いわゆるテントでつくられる無機質な空間とは違い、温かみの感じられるしつらえとなっている。山形、仙台、南池袋、盛岡、愛媛など多くの地域でのイベントに活用されている背景には統一感と温かさが要因の1つであると考える。一方フレームワークによってつくられる風景は郊外型商業施設デザインと同じなのではないかと疑問が浮かんだ。郊外型商業施設はナショナルチェーンが多くを占め、いわゆるモールを作り上げる。その点において山形ヤタイは地域の出店者がフレームを用いることで一定のクオリティを担保した空間販売ができる。中に入るコンテンツにより地域性が生まれ、一見同じ風景に見えるが触れる人には違う「共有の記憶」が生まれる。そこには建築が「モノ・コト」に呼応していくという現象が見えているのだと思う。マルシェやマーケットで多く山形ヤタイは用いられるが、その理由を考察しようと思う。これらに共通して言えることは「空間体験の消費」「コミュニケーション」を目的にしている点だ。小売業では、VMD(ヴィジュアル・マーチャンダイジング)という考え方が前提にあり、お客さまがお店に入りやすく、目的のものを見つけやすく、さらに新しい発見を提供することが求められていた。しかし、マルシェやマーケットは店舗像としての概念から離れた『過ごしたい場所』になっていると考える。小売の販売することを重視するならば、入店から販売までの所要時間をいかに短くするのかが重視される。そこには気軽に参入できない商業の世界がある。マーケットやマルシェには機会提供の機会がある。都市計画や時代の要求が無自覚に隠してしまっている地域に残すべきコミュニティを、可視化できるレイヤーとしてヤタイを用いた空間がある。それは時限的でもあるが形を変えて、都市に現れる抵抗なのかもしれない。

7 参考文献

)木下斎、広瀬郁(2013)『まちづくりデッドライン』日経BP

堀内敦央(2018)DIY屋台によるまちづくり〜屋台の拡がりと可能性〜』

ELEMENTAL(2018)

http://www.elementalchile.cl/en/contact/

WIRED『プリツカー賞受賞建築家が、デザインを「オープン」にした理由』

(https://wired.jp/2016/04/12/alejandro-aravena-giving-away-designs/)

五十嵐太郎(2011)『現代建築に関する16章空間、時間、そして世界』

内藤加奈子(2013)『人が集まる!売れる!売り場づくり40の法則』